北海道野宿の旅 2002秋 5

 
 

 

北海道野宿の旅 2002秋 5

2002年10月26日(土)

朝りき家に別れを告げ、kazu家と秀岳荘で待ち合わせた。

なんと10%オフセール。

私は北海道に移住するためにお金を貯めないといけないと思っているのに「北海道に来るなら・・・あれもこれも必要」と名古屋には似合わない冬ものを買ってしまった。

こうやってお金は貯まらず名古屋暮らしが終わらないのだろう。

その後のPatagoniaのアウトレットも連れて行ってくれたkazuさんを恨む。

kazu夫人と約束した「プチ餃子大会」の準備も進み、用意している間にビス家に召集命令、神尾三郎(・・・これはマラミューターではないが)が加わり餃子を食べた。『一億総マラミュート計画会議プラス神尾三郎の橇講座』で朝までになった。神尾三郎の「橇講座」はみんなが「え〜〜〜〜そうかぁ?」というような内容でかなり笑えた。

(kazu家泊)

 

2002年10月27日(日)

朝、ごそごそ起きだして犬の世話を一通りしたら昼になってしまた。

今日はセミナーに出る予定になっていた。

どうしても出る必要はなかったのだが、私は3頭を一人で連れ大会に参加している。おすわりスタートでも出来ない限り3ドッグのスタート、1ドッグもか・・・サポートしてもらわないとスタートすらできない。。。。知り合いになってお願いしないと難しい面が多いことである。顔つなぎ(^.^)

そして津軽海峡を越えた先は犬への感覚がまったく違う人種が住んでいる。その人たちの参加するセミナーには参加したいと思っていた。

80名弱の参加だった。セミナーが終わったのが15時を回っていた。

私は優に気兼ねしながら走っているサラにしっかり走ることを知って欲しかったのでビス家にデリカと2頭でつけることをお願いした。

最初は馴染めず遠慮しながら走ったが、戻りの自転車に乗せてもらいサラの競い合って走る様を見せてもらった。優はその間、「私も走りたいってぇ!」と騒いでいたので走らせた。優は過去走ったことないくらい走り、私の「GO!」の声かけにも動じることはなかった。

私は優がスピードを落とす前に止めた。散々言われてきたことがやっとできた。

犬の好き勝手に走らせるな、このことである。

マックスで走る距離を伸ばす1つのきっかけが見えた気がした。

この1週間、日に何度もノーリードにして走らせてきたのに優もサラも走った。ついでにはなも走った。

ノーリードとハーネスを付けて走るのが結び付けられたら・・・私の勝ちである。

これだ。

そのまあビス家もいっしょにkazu家に戻りプチ『一億総マラミュート計画会議』をした。

札幌を出たのは8時になっていた・・・過去一番遅い出発だった。

私は明後日仕事にいけるのだろうか?

なんとか長万部までの高速を乗り切ったが、23時過ぎたあたり・・・森町まで行けず睡魔に襲われ撃沈した。

(森町直前のパーキング泊)

 

2002年10月28日(月)

4時に起きて函館を目指した。後一時間くらいだった・・・のに寝てしまい、3時のフェリーを逃していた。最近諦めも早く・・事故を起こしてから本当に無理をしなくなった、

「ねむい。ねよ。」即決できる。150万円のいい薬だった。

7時のフェリーまで2時間以上あった。

津軽海峡は荒れに荒れ、外側を通るフェリーは欠航になっていたが幸い青森函館は内部なので運行になっていた。ミゾレ交じりの暴風雨の中犬達を外につなぎ私はその姿を見ていた。犬達ははうねる海やかもめをジッと見ていた。突風の中コートをなびかせ遊んでいた。これから先の厳しい帰路に函館埠頭の端で1頭づつ放して走らせた。

フェリー客を待っているタクシーの運転士さんが犬に気が付き車の中から口笛を吹いたのだが呼ばれて走っていくはなの大きさにビビったようで窓を閉めた。

「なーんんだ。」はなは帰ってきた。

青森に付いたのはほぼ昼になっていた。1100KM・・・ナビ子は夜中の1時半と予想していた。14時間・・・行くぞ!と走り出したが・・・雪、みぞれ、雨、風と行く手は本当に阻まれっぱなしだった。今回だけは犬を乗せていてもかなり飛ばした。50KM制限も何もあったものじゃなかった。ふと気が付くと新潟を過ぎた・・・上越あたりでガソリンのランプが付いた。

「ヤバイ」この先50KM以上ガゾリンスタンドのあるサービスエリアはない」仕方なく高速を降りた。ところがこれがまたどこのガソリンスタンドは完全に閉まっていた。

ここから1時間半、ドキドキハラハラでしまっているガソリンスタンド巡りとなった。

結果、信州中野から上越まで戻るという間抜けなことをしてしまう・・・あんなに走れるなら先のサービスエリアまでいけたじゃん!って感じなほど走った。

オマエのランプはもう信じない>ラルゴ。

緊張の糸が切れ、高速乗りなおしてからすぐに寝てしまった。橇を積んで帰りたくない時間、朝の通勤ラッシュ時間帯に無事帰宅することになった。

 

 

今回の北海道への旅は迷っていたことひっかかってたこと不思議なくらいすべてクリアになった旅だった。神様がいるとしたら行かせてくれたかと思うくらい。3頭との野宿旅行ははなと2人でしたきた以上に3倍も10倍も楽しかった。

私は私の愛する犬たちと私のやり方で私たちのできる範囲で橇もギグも野宿の旅もキャンプも散歩も全部全部楽しもうと思った。私がしたいことで犬が楽しそうな顔をしていないんだったら、楽しそうな顔をさせる方法を見つけよう。彼らなりの能力の最大を引き出せるよういっしょにやっていこう。犬達と何をしたいか正確に理解して充実した日々を送ろう。1つ1つチームを作り上げていく喜びを得た。

『チームnojihana』の結成の旅だった。