こぼトレーニングに出る

 
 

 

こぼトレーニングに出る

8月18日こぼを連れて岡山に出かけた。

表向きな目的はこぼをショートレーニングに出すためだった。
こぼが来て3ヶ月くらいたった頃、私はだんだん辛くなり始めていた。

こぼはブリーダーの家で生後5ヶ月まで暮らした。私と同じ境遇のブリーダーは仕事に出かける間こぼたち子犬をデイケアサービスに預けたりパピー幼稚園に連れて行ったりして子犬と時間の取れない分、社会性を保つためにいろいろ努力をしてくれていた。

日本に来てこぼはすんなりはなたちとの仲間に入り、一緒に遊ぶ毎日だったが14時間ほど家を空ける私との暮らしにこぼが寂しそうに見えるときがあった。

はなも・・・サラも優もそうだったんだろうが最初からその環境だった彼女たちには比べる先がない。しかし、こぼは5ヶ月までの生活が人と犬の中にいた。比べる先を持っている。こぼはフェンス越しになでてくれる人を待ち、人影があると人が通るところへ走っていった。そんな姿を何度も見た。
 

それでも私は家を空けないといけなかった。

張り裂ける思いの中、こぼをショーに出すためにトレーニングが必要かもという思いもあり信頼できるハンドラーさんのところに預けよう、という気になっていた。こぼはショーマナーのかじりを既に覚えていたので私が仕上げてわざわざトレーニングに出す必要はなかったのかもしれない。しかし、大きいところに出せばアシスタントの人もたくさんいてこぼはきっと相手してもらえるだろう・・・男の人と平然と接しられる経験にもなる。
 

こぼをハンドラーに預けるという話しはCarmenにも伝えた。彼女はハンドラーの中には犬をラフに扱う人もいるからとハンドラーのこぼの扱いを心配した。その時点で私には何も確信するものがなかったのでダメそうだったら預けないという約束だけをした。

私にははひたすらこのまま犬だけで暮らさせてCarmenが育ててくれた彼のキャラクターを潰してしまう恐怖だけがありトレーニングに出すことを推し進めた。



前日の夜、こぼだけを連れ出し岡山に向かった。初めての1頭と1人の旅となった。

 

ハンドラーさんの犬舎でこぼは堂々と振舞っていた。アシスタントの人に引かれいろいろな犬の入っている間の犬舎に入っても泣き叫ぶようなことはしなかった。

本当に性格の安定した犬である。

「よろしくお願いします」と頭を下げ帰った。

こぼを預けての帰り道、非情に聞こえるかもしれないが、こぼと分かれて暮らすことに寂しさを感じていなかった。私は「こぼはこれでちゃんと暮らせる。」どこか肩の荷が下りていた。重圧から逃げ出していた。

1ヶ月の間、数回電話で様子を聞いた。こぼは楽しそうに暮らしている様子は伝わってきた。

9月19日、こぼを迎えに行った。
不安な点は・・・5ヶ月〜9ヶ月の4ヶ月しか暮らしていない私、こぼの順応性の高さに1ヶ月ぶりの再会に私を忘れているのではないのか!?ちょっと不安だった。

こぼは1ヶ月の間に一回り大きくなっていた。最初はアシスタントの人にまぎれていた私にこぼは気づき大喜びをしてくれ、泥だらけになった。覚えていたことをほっとした。


ハンドラーさんが入ってくるとこぼは飛んでいききれいにフリースティをして前に立った。

「人を信頼すること」私が彼らに教えたいことである。
 

キャラバンの後ろのドアを開けたらいつものこぼの乗るところに飛び乗った。定位置も覚えていた。こぼはラフに扱われることもなく^_^楽しい1ヶ月を過ごし、私と名古屋に戻った。

帰り道、時々トイレ休憩をしながらこぼと散歩した。この1ヶ月でこぼも成長したのかもしれないが重圧に押し潰されそうになっていた私も解放されていた。

「やっぱり一緒にいるとうれしいわ。」

私の中で1つ消化できた気がした。

 
プレッシャーからのくる潰れる重圧の逃げ道として出したトレーニングだったが、こぼを大切に預かってくれたハンドラーさんたちに感謝をしている。
 

家に戻るとはなたちが待っていた。こぼは緊張して門をくぐりはなたちを鼻をつき合わせていた。その日はこぼを家の中に入れ一緒に時間を過ごした。(家の中でマーキングをするようになっていたが、ダメだと教えた後は外にするようになった。)

次の日からまた4頭の庭が始まった。こぼは寂しそうにすることもあったが、ここにいることも楽しくになったようで4頭の遊ぶ声が庭に帰ってきた。


こぼは今も全面的に人を信頼して全てをポジティブに受け止めている。
 

お帰りこぼ。